愛知県公立高等学校PTA連合会

愛知県公立高等学校PTA連合会 会則

愛知県公立高等学校PTA連合会会則および細則【181KB:PDF形式】

沿革

愛知県PTA組織の発足

 昭和23年4月に新制高等学校が発足した後、愛知県の高等学校におけるPTA連合体は、昭和26年7月12日に愛知県公立高等学校PTA連絡協議会として県立57校、市立9校、国立2校により発足した。初代会長は長谷川正明氏(明和高等学校PTA会長)。
※以上は「高P連だより」第13号(昭和54年12月20日号)の記述による。

全国組織への加盟

 全国では、昭和27年10月に小・中学校を主体とする「日本PTA全国協議会」が、同年11月に「全国高等学校PTA協議会(全高P)」が発足した。県高P連は、昭和36年に全高Pに加盟した。加盟当時には県立高校は全日制109校、定時制69校を数えた。その後、県高P連の加盟校は、若干の離合があったが、昭和40年代から県立学校主体の組織となった。
 昭和46年には第21回全高P大会が愛知県で開催され、愛知文化講堂等が会場となった。

広報紙「高P連だより」の創刊

 昭和40年代の後半から、県高Pの活動が本格的になり、従来の高等学校の後援的な活動に加えて、会員の研修、児童生徒の福祉の向上と健全な育成、教育予算確保への取組みなど、本格的な社会教育団体としての歩みを進めた。このような県高P連の活動をPRするため、昭和49年2月25日に「高P連だより」が創刊された。

安全互助会の発足

 昭和48年度の全高P青森大会では、学校管理下での児童生徒の災害に対する学校安全会(現在の日本スポーツ振興センター)からの給付が十分ではないという議論がなされた。県高P連でもこの問題について研究していたが、昭和48年度からは愛知県公立高等学校長会保健委員会と連携し、安全互助会準備委員会で検討を重ねた。そして昭和51年4月から愛知県立学校PTA安全互助会を発足させ、学校管理下での児童生徒の災害への学校安全会からの給付を補完するための給付を行う事業を始めた。

独立の事務局の設置

 安全互助会の発足とともに、会長校が持ち回りで担当していた事務局を名古屋労政事務所ビル3階(名古屋市中区丸の内3-4-3)に独立させ、専従の事務局員を配置することになり、継続的な事務処理と緊急事態への迅速な対応が可能になった。このような体勢ができたのは、当時全国では16県に過ぎなかった。事務局は、当初校長経験者と事務長経験者の二人であったが、昭和63年からパートの事務補佐員を雇いピーク時の事務処理に対処した。

保護者への災害見舞制度創設

 昭和61年度から安全互助会の中に、PTA活動中の保護者の災害見舞制度を設けた。単位PTA,地区PTA連合会,県高P連が主宰し、予め計画された行事及び児童生徒の交通指導、校外補導又は学校の環境整備作業等の奉仕作業に参加中の保護者の災害について見舞金を支給することになった。PTA活動中の保護者の災害にまで安全互助会の対象を拡大したものであった。それは、互助会廃止後の現在の見舞金制度にも引き継がれている。

愛知県教育会館への移転と事務の現代化

 昭和62年10月、竣工なった愛知県教育会館(名古屋市中区新栄1-49-10)に事務局を移転した。翌63年からは本会の名称を愛知県公立高等学校PTA連合会と改めた。
 平成4年、安全互助会の事務量の増大に伴い、校長経験者の職員を1名増員し、各地区での研修会での助言に当たった。また事務処理の合理化のため平成8年度から電算機を導入し、安全互助会の事務処理のために運用を開始した。平成17年度からは、安全互助会の給付金を銀行からインターネットを利用して振り込むとともに、県高P連のホームページを作成した。

安全互助会の廃止と見舞金制度

 平成17年12月に保険業法が改正され、安全互助会のような自主的な共済制度は、一部の法人格を持つ団体を除いて継続できないことになった。これが平成18年4月から施行されることになり、県高P連は会則を改正して、県高P連の事業として新しい見舞金制度を導入することになった。これにより、愛知県立学校PTA安全互助会は平成18年3月31日をもって廃止された。なお、安全互助会の基金は新しい見舞金制度のために引き継がれた。

第58回全高P連愛知大会の開催

 平成16年11月に愛知大会を東海ブロック大会として実施することが決議されたことを受け、平成17年2月には全国総会において愛知大会の開催が決議された。同年10月には第1回愛知大会準備委員会が開催され取組みを始めた。平成19年2月にメインテーマを「絆(きずな)」とし、9月にポスターとシンボルマークの図案を公募作品の中から決定した。
 平成20年8月22日、23日の大会当日は全国から9960名の参加を得て、名古屋市南区の日本ガイシスポーツプラザのガイシホールと第2競技場で全体会が、名古屋市内7会場において分科会が開催された。記念講演は水谷研治氏、対談では奥田瑛二氏が人生の歩みと「絆」を語った。

歴代会長・事務局員一覧

( )内は会長は所属校、事務局員は前所属校
年 度 会 長 事務局長 事務局員 会員数
昭和51年山内 彊
(時習館)
吉野 尚隆
(緑丘商)
船橋 豊
(瀬戸窯)
122,044
52年関戸 稔
(一宮西)
127,740
53年竹内 淳一
(半田)
133,737
54年井沢 鉦市
(愛知商)
140,170
55年山本 孝雄
(岡崎北)
149,415
56年青木 徳生
(豊橋南)
斉藤 久康
(瑞陵)
152,564
57年後藤 芳夫
(起工)
154,682
58年新美 浩司
(半田)
160,695
59年浅野 彰
(天白)
紀藤 正夫
(犬山南)
169,074
60年成田 周吾
(豊田)
182,668
61年神野 紀郎
(豊丘)
山本 治彦
(豊橋南)
187,381
62年脇田 康裕
(一宮西)
189,734
63年神戸 信寅
(半田)
近田 昌介
(三谷水産)
199,680
平成元年千田 毅
(千種)
201,973
2年神谷 正康
(一色)
198,924
3年青木 公貞
(時習館)
190,415
4年間宮 進示
(犬山)
新屋 哲夫
(一宮西)
波多野利治
(春日井東)
180,629
5年桑山 文輔
(常滑)
新屋 哲夫近田 昌介170,249
6年大池 暉彦
(明和)
荒川 眞仁
(東海南)
164,054
7年小山 吉則
(幸田)
157,176
8年田中 弘之
(豊橋東)
151,441
9年千田 真澄
(丹羽)
林 茂
(豊明)
144,395
10年大西 格
(横須賀)
140,329
11年杉江 俊文
(名古屋南)
139,710
12年梅村 泰弘
(豊田西)
荒川 眞仁田井冨士子
(青少年婦人室)
139,114
13年森久 宏
(時習館)
木下 錠児
(愛知健康プラザ)
神谷 信行
(一宮)
138,626
14年徳倉朝美智
(五条)
木下 錠児毛受 明人
(丹羽)
138,626
15年前田 博史
(半田)
132,099
16年吉田 昌也
(春日井西)
129,715
17年金原 正宏
(碧南工)
毛受 明人鈴木征紀雄
(名古屋南)
斎場明美
(瀬戸北)
126,779
18年山田 一
(国府)
123,501
19年関 鋼太郎
(半田)
121,352
20年121,803
21年松山 栄司
(緑丘商)
鈴木征紀雄斎場 明美123,983
22年長坂 光司
(岡崎)
小田 博一
(瑞陵)
鶴東 光二
(緑丘商業)
加藤 恵子126,499
23年榎本 実
(蒲郡)
127,837
24年玉腰 崇之
(一宮興道)
129,655
25年土師 康邦
(横須賀)
129,981
26年瀧村 めぐみ
(旭 丘)
川村 則夫
(旭 丘)
132,491
27年髙橋 裕次
(豊田西)
太田 典男133,164
28年酒井 延直
(蒲郡東)
133,475
29年林 早希
(一宮北)
132,157

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